アメリカで「チョコレートといえば?」と聞かれたら、多くの人が思い浮かべるブランドの一つが、Hersheyです。Hershey’s Kisses、Reese’sなど、アメリカ人が子どもの頃から親しんできた商品を数多く持つ、まさにアメリカを代表するチョコレートブランドです。しかし、Hersheyのすごさは、チョコレートそのものだけではありません。
Hersheyの創業者、Milton S. Hersheyは、チョコレート会社を作っただけでなく、工場の周辺に住宅や学校、交通網などを整備し、一つの「街」を作りました。1909年には、現在も続くMilton Hershey Schoolを設立。Hersheyparkという遊園地も、もともとは従業員とその家族のためのレクリエーション施設として作られたものです。現在のHersheyには、HERSHEY’S CHOCOLATE WORLDという巨大なブランド体験施設もあります。500種類以上、40以上のブランドの商品が並ぶ、まさに「Hersheyの世界」を体験する場所です。

つまりHersheyは、単に「チョコレートを売っている会社」ではありません。チョコレートを起点に、街、学校、遊園地、店舗、そして文化まで作り上げてきた企業です。これは、長い年月をかけてブランドを育ててきた、アメリカの老舗企業の一つの成功モデルと言えるでしょう。
そんなハーシー(Hershey)に挑むブランドが現れた
それが、世界的なYouTuber、MrBeastが立ち上げた「Feastables」です。MrBeastことJimmy Donaldsonは、登録者数5億人という世界最大級のYouTubeクリエイターの一人。大規模な賞金企画やチャレンジ動画など、YouTubeを中心に巨大なファンコミュニティを築いています。そのMrBeastが2022年に立ち上げたのが、チョコレートを中心としたスナックブランドです。
Embed from Getty Images一見すると、「有名YouTuberがお菓子を作った」という話に聞こえるかもしれません。しかし、実際に起きていることは、それほど単純ではありません。Feastablesは急速に大手小売へ展開し、現在ではWalmart、Target、7-Eleven、Kroger、Costcoなど、全米の主要小売店で販売されています。

そして2024年には、約2億5,100万ドルの売上と2,000万ドルを超える利益を生み出したと報じられています。さらに興味深いことに、同年の利益はMrBeastのYouTubeやAmazon Primeの番組などを含むメディア事業を上回りました。
つまり、MrBeastはYouTubeで有名になった人が「お菓子も売ってみた」というレベルではありません。YouTubeを起点に作った巨大なコミュニティを、リアルな消費財ブランドへと転換しているのです。
ハーシー(Hershey)とミスタービースト(MrBeast)。実は正反対の方法で「世界」を作っている
ここが、この二つのブランドを比較すると最も面白いところです。
Hersheyは、商品 → ブランド → 世界という順番で成長してきました。チョコレートを作り、ブランドを育て、街を作り、学校を作り、遊園地を作り、店舗や体験施設まで広げていく。
一方、MrBeastはほぼ逆です。コンテンツ→コミュニティ→世界→商品という順番です。
すでにYouTube上に巨大なコミュニティがあり、その世界観の中に商品を登場させる。そして、その商品をWalmartやTargetなどのリアルな小売市場へ持っていく。
言ってみれば、Hersheyは「商品から世界を作った」MrBeastは「世界から商品を作った」
この違いは、現在のアメリカ市場を考える上で、とても重要です。
MrBeastは「広告」を「コンテンツ」に変えている
MrBeastのもう一つの強さは、商品の売り方です。普通の食品メーカーであれば、新商品を発売すると、「新商品が発売されました。ぜひ買ってください」という広告を作ります。
しかしMrBeastの場合は、そうではありません。MrBeastらしいチャレンジ、ゲーム、賞金、驚きのある企画。そのコンテンツの中に商品を組み込む。Feastablesの「Golden Ticket」のような仕掛けも、その一例です。チョコレートを買うこと自体が、MrBeastの動画でおなじみの「何かが起きるかもしれない」という体験につながっています。
Embed from Getty Imagesオーストラリアで正式に全国発売された際に行われた高級車プレゼントイベント
つまり、商品を広告するのではなく、商品そのものをMrBeastのコンテンツの一部にする。ここが非常に上手いです。そして、YouTubeだけではありません。TikTokやShortsなどの短尺動画にも展開され、さらにユーザーやクリエイターによってコンテンツが拡散されていく。
もちろんFeastablesも有料広告を使っています。しかし、MrBeastの大きな強みは、広告枠を買う前に、自分たち自身が巨大なメディアを持っていることです。
自分たちで企画する。自分たちでコンテンツを作る。自分たちのチャンネルで発信する。そして、そのコンテンツの中に商品を入れる。
つまり、従来の企業が「メディアにお金を払って広告を出す」のに対して、MrBeastは「自分たち自身がメディアになる」ことができるのです。これは、従来の消費財マーケティングとは大きく異なる発想です。
では、Hersheyは古いのか?
もちろん、そんなことはありません。むしろ、ここがもう一つ面白いところです。Hersheyは、100年以上の歴史を持つ強力なブランドを守りながら、現在も新しいブランドやカテゴリーを積極的に取り込んでいます。チョコレートだけでなく、スイーツ、塩味スナック、より健康志向の商品などへとポートフォリオを広げています。
現在のHersheyは、自らを「チョコレート会社」から「次世代のスナック企業」へと進化しています。近年では、Dot’s Homestyle PretzelsやSkinnyPopなど、チョコレート以外のカテゴリーも大きく育てています。
つまりHersheyも、決して昔の成功モデルにしがみついているわけではありません。強いブランドを持ちながら、新しいブランドを取り込み、新しいカテゴリーへ進出する。長い歴史を持つ企業だからこそできるブランドマネジメントです。
「ブランドを作る」ということが変わっている
HersheyとMrBeastを並べてみると、アメリカ市場で起きている変化が見えてきます。かつてブランドを作るには、良い商品を作り、広告を出し、流通網を構築し、長い年月をかけて認知度と信頼を積み上げていく必要がありました。Hersheyは、そのモデルを極限まで成功させた企業の一つです。
しかし現在は、YouTube、TikTok、Instagramなどを通じて、企業が何十年もかけて築いてきたものとは異なる形で短期間で認知度を上げ、巨大なコミュニティを持つことができます。そして、そのコミュニティを商品につなげる。MrBeastはその象徴的な存在です。
「昔ながらのブランド帝国」と「デジタル時代のブランド帝国」
一見すると正反対に見えるHersheyとMrBeastですが、実は目指していることには共通点があります。それは、商品を売るだけではなく、ブランドの「世界」を売ること。そして、その世界に消費者が参加したくなる理由を作ることです。
日本企業にとってのヒント
日本企業がアメリカ市場に進出する際、「良い商品なのだから、まず売ってみよう」と考えることがあります。しかし、アメリカの小売市場は非常に競争が激しく、棚にはすでに強いブランドが並んでいます。
その中で消費者に選んでもらうためには、商品そのものだけでなく、「なぜこのブランドなのか」「誰がこのブランドを好きになるのか」「どんな世界観を作るのか」「消費者がブランドと関わり続ける理由は何なのか」まで考える必要があります。
Hersheyのように、長い時間をかけてブランドの世界を作る方法もある。MrBeastのように、コンテンツやコミュニティを起点にブランドを作る方法もある。そして今のアメリカ市場では、その二つが同じ小売店の棚で競争しています。アメリカで商品を売るために必要なのは、単に「良い商品」を持っていることだけではありません。
商品、ブランド、コンテンツ、コミュニティ、そして小売をどうつなげるのか。
これからアメリカ市場を目指す日本企業にとって、この視点はますます重要になっていくのではないでしょうか。
Artisでは、アメリカ市場における深い知見をもとに、日本企業の市場参入・成長に向けた戦略構築から施策実行まで、パートナーとして伴走させていただいております。